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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

#1070 「空白の5日間!!~ヘイ!点滴一丁!~」の巻 

-つづき-

住宅街の静寂を打ち破るかのようなけたたましいサイレンの音と共に、約10分程度で救急車は到着した。
雨に濡れた80年代の子猫のイメージのように俺はブルブルと震えながら、救急隊員が用意したストレッチャーに乗せられた。
まさか新年早々、救急車に乗るハメになるとは。

めったに乗ることのない救急車の車内は、苦しさに悶えながらもブロガーの俺としてはとても魅力的な空間だった。
(この車内の様子を撮影したい…)
朦朧とした意識の中でそんなことを思っていた。
もし本当にデジカメでパシャパシャと撮影を始めていたら、新たな社会問題としてマスメディアに批判的に取り上げられていたことだろう。
「救急車内で撮影をするモラルのないブロガー急増中」-。
そんな見出しが目に浮かんだ。

救急車内で俺の体勢を安定させると、救急隊員が矢継ぎ早にいろいろと質問をしてきた。
「お名前は?ご住所は?年齢は?…」かなりいろいろ質問された。
俺は自白剤を飲まされた容疑者のように、次から次へと素直に質問に回答していった。
Xjapanのヨシキならば、年齢を訊かれた際には「非公表」と答えていただろう。
しかし俺は一刻も早く病院に行き治療を受けたかったので、従順な下僕のように麻痺する唇で饒舌に答えていった。

やがて病院に運び込まれ、速やかに院内のベッドに移動させられた。
壊れた機器を修理する工場のような見事な連係の流れ作業だった。
血圧や脈拍を測ると同時に左腕に1本の点滴がブチ込まれた。

過去に救急車で搬送されたときもそうだったが、この一連の流れの中では儀式的にまず点滴が打たれるらしい。
俺なりの解釈だが、これはおそらく居酒屋に行った際に「とりあえず生ビール」みたいなものなのだと思う。
「は~い、急患が来たよ~、とりあえず点滴いっちゃう?」みたいな。
なんの検査結果も出ていない時点で打つ点滴って一体何なのだろうか。
少なくともひとついえることは、それが何の変哲もないただの栄養剤だとしても、点滴を打ってもらえているという事実だけで少し気持ちが楽になる。

採血、鼻腔検査、肺のレントゲン検査などいくつかの検査がなされた。
1時間ほど待つと、担当の医師から検査結果が重々しい口調でおごそかに伝えられた。
「インフルエンザの反応はありませんでした。肺炎なども認められませんでした。それ以外の…」医師がひと通りの説明をしたあと最後にこう結論づけた。
「おそらくウイルス性の急性胃腸炎でしょう」
なにかの加減で悪性のウイルスが胃腸に入ってしまったらしい。

まだ熱と全身の痙攣などは続いていたが、「この症状では入院はできない」という納得できない素敵な理由で自宅への強制退去を命じられた。
俺としてはそのあまりの苦しさから病院に「不法滞在」したかったが、病院の執行力の前には無力な抵抗だった。
やむなくタクシーで自宅に帰ることになった。

-つづく-


2012/02/02 Thu. 20:30 | trackback: -- | comment: 0edit

#1069 「空白の5日間!!~愛すべきオートマン~」の巻 

そもそも、すべてのことの起こりはヒサシと会った1月27日にまでさかのぼる。-

-金曜日(27日)-
夜、新年会と「BEAT ARTS Project 2012」の打ち合わせを兼ねて、俺は東神奈川のフレンドリーすぎる居酒屋でヒサシと会った。
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アルコールを飲み、店主とスタッフの子らと幾度となく話しを脱線させながらも、俺は持参したプロジェクト各種資料の説明とおおまかなビジョンをヒサシにっぽく話した。
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次から次へと運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、1~2時間経過するころには、今回のプロジェクトの根幹をなすレコーディングのおおまかな青写真が出来上がっていた。
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やがて終電も近くなり、ヒサシもかなりパンキーになってきたので、俺たちはそれぞれの帰路につくことにした。

-土曜日(28日)
俺は意識を持っていかれそうなほどの眠気に耐えながら、なんとか地元の駅で下車した。
自宅まで徒歩で帰る途中、アルコールによる適度な気持ち良さと眠気が、吐き気というネガティブなものに変化しようとしていた。
自宅まで持たなかった。途中の公園で側溝に吐いた。
街をむやみに汚すことは俺のポリシーに反するので、遠方から獲物を狙う鷹のような視線で側溝を探し当てた。
確かに側溝は探し当てたが、実際のこのときの俺の目は腐ったイワシのとろんとした鈍重な視線だったと思う。
何はともあれ、酔いが醒めれば何もかもが正常に戻るだろう。
しかし思えばこれは、これから5日間にわたる熾烈な戦いの序曲にしか過ぎなかった。

結局帰宅後も、俺はベッドトイレを往復し魂以外のものを吐き続けた。
魂はもうないのだから吐き出しようもなかった。
もし俺が第三者としてこの光景を見ていたなら「オートマン(嘔吐マン)」というあだ名を付けていただろう。

明け方になっても嘔吐が治まらなかったので、これは単なる「飲み過ぎ」ではないと、薄々と感じてきていた。
昨年引越した際には部屋の狭さに不満だったが、このときばかりは部屋の狭さに感謝した。
ベッドでウッとなっても、数歩も歩けばトイレに辿りつけるのだ。
これがマックス松浦氏の豪邸ならば、とうていトイレまで持つはずもなく大理石の床はゲロまみれになっていただろう。
この過酷な状況で見つけたこの狭い部屋の良いところだった。

-日曜日(29日)
日付けが変わろうとするころ、ようやく吐き気が治まってきた。
これで少しは状態が安定するのかと思っていた。甘かった。
吐き気がなくなるのとほぼ同時に今度はが出始めた。
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特に夕方からの上昇率はすごかった。
一時期の「ねづっち」のテレビ出演露出の上昇率のようだった。
俺がデジカメで撮影する気力あったのも、この39.1度が限界となった。
計測するたびに体温は上がり続け、午後8時前後には39.8度になった。
kmcahn.jpg
39.8度といえば、暑さで有名な埼玉県熊谷市に匹敵する温度だ。
外は冬でも俺の頭の中は猛暑だった。
手足は硬直し始め、呼吸は乱れ、意識は朦朧としてきた。体を動かすこともほとんどできなくなっていた。
Tシャツ、ロンT、ヒートテックのタートルネック、フリースを着こみて、毛布4枚、布団2枚をかけて、エアコン、石油ファンヒーターをかけていたが、俺はベッドの上で寒さに震えていた。
たまたま付けていたテレビで、上半身裸で真冬の滝に打たれる荒行のようなものをやっているのを見て俺は失神しそうになった。
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の上がり方から考えると1時間後には確実に40度は超えるだろうと容易に推測できた。
不安がよぎり始めた。本当にこのままだと俺はどうなってしまうのだろう。-
俺は薄れゆく意識の中で、「40度 続く 人間 どうなる」などというキーワードを打ち込み、高に関する情報をネットで検索しようと思ったが、当然パソコンを開くことなど不可能だった。
そのかわりに俺は「119」をダイヤルしていた。
俺がイギリス人だったら「999」をダイヤルしていたところだった。

-つづく-


2012/02/01 Wed. 18:53 | trackback: -- | comment: 0edit

#1068 「ビックリおばちゃん!!」の巻 

倉庫内での作業
背の高いスチール製の商品棚が、薄暗い倉庫内の通路にひしめきあうように整然と置かれている。
無造作に積み上げられた商品群に視界を遮られ見通しも悪い。
各所の曲がり角では、必然的に出会いがしらにほかの人とぶつかりそうになり、幾度となくハッとすることがある。

まだ俺がこの仕事を始めて間もないころ-。
案の定、商品棚の角を曲がったとき、出会いがしらにおばちゃんとぶつかりそうになった。
おばちゃんは目をパチクリとしばたたかせ、とてもビックリした様子だった。
そのときは、そんなに驚くことはないのになぁ、と軽く思っただけだった。

それから数時間後、またもそのおばちゃんと出会いがしらにぶつかりそうになった。
まるでさきほどのリプレイを見るように、おばちゃんはまたも目を見開き、口は半開きのまま、とてもビックリした様子だった。
さすがに俺は少し不愉快な気分になった。
(しょっちゅう人とぶつかりそうになる場所なのだから、それほど驚くことはないだろう。このおばちゃんは一体どういうつもりなんだ。新しいスタイルのイジメか?)

その日の昼食時間、意外な形で俺はこの不可解な事象に再度遭遇することになる。
俺が社員食堂のテーブルにつき食事をとっていると、少し離れた正面のテーブルにあのおばちゃんが座っているのが見えた。
(あれ、あのおばちゃんだ)
おばちゃんは俺の存在に気づく様子もなく一人で黙々と食事をしていた。
そしておばちゃんがお茶を飲むためをあげたとき、俺はその一瞬の表情を見逃さなかった。
驚くことが何もないこの状況で、おばちゃんはまたしてもビックリした表情をしていたのだ。
(今度は一体何にビックリしているというのだ?どういうことだ?)

午後の作業になり、俺はおばちゃんの様子を時折、遠くから注意深く観察してみることにした。
するとどうだろう。おばちゃんはどんな場面においても終始、常にビックリした表情をしていたのだ。
そう、つまりこのおばちゃんは、もともと「ビックリしたような」の持ち主だったのだ。
その事実に今度は俺がビックリした。
(なるほど、そういうことだったのか…)
安い賃金で幽閉された薄暗い倉庫の片隅で俺は静かに唸った。

「ビックリしたような」の持ち主だからこそ、本人はちょっとビックリしただけのつもりでも、相手からは「とんでもなくビックリした表情」に見えてしまうというわけだ。
この日の夕方、俺はこのおばちゃんに「サプライズ」というあだ名をつけた。


2012/01/26 Thu. 19:00 | trackback: -- | comment: 0edit

#1067 「マイケルのもう一人の兄!!」の巻 

mshdt (1)
先日起きた広島刑務所からの脱獄事件の第一報を聞いたとき、俺には事の真相がすぐにわかった。
厳重な監視体制の一瞬の死角とスキをつき、白昼堂々とこんなにも鮮やかに脱獄するなんて、まさにこれは彼の仕業以外にないと強く確信した。

mshdt (2)
そう、これは間違いなく彼、マイケル・スコフィールドの手引きがあったに違いない。
脱獄を成し遂げたあとの、マイケルの不敵な笑みが目に浮かぶようだ。

mshdt (4)
それにしても、「プリズン・ブレイク」のエピソード内では明かされることはなかったが、マイケルにはリンカーン・バローズのほかにももう一人兄貴がいたのだな。

mshdt (5)
髪型を見れば一目瞭然だが、間違いなく3兄弟だ。
名前もたしか「リン(林)…」なんとかだった。
おそらくマイケルやリンカーンが幼少期のころに生き別れた長男に違いない。

mshdt (6)
実際の脱獄現場で、リポーターにわざわざ脱獄時と同じ服装をさせて再現VTRを作るというワイドショー番組があった。
この時点では、まだ脱獄犯は捕まっていなかったのだが、ワイプ(小さい画面)の中の渡辺えりも笑いをこらえきれない。
というよりも完全に笑っている。
なんて不謹慎な番組であり、出演者たちなのだろうか。
俺は例のごとく、白の肌着にシンボリックにくっきりと浮き出た乳首が気になってしまい、まるでニュースに集中できなかった。
この番組のディレクターは間違いなく確信犯だ。

mshdt (7)
ちなみに、このリポーターはこの肌着姿のまま脱獄犯の逃走ルートと思われる道を走って進むのだが、近隣住民に危害を加えられなかったのはラッキーだったと言えるだろう。
脱獄事件の直後にこんなふざけた格好の中年男をみたら、警戒を強めている地元住民にバールで頭をカチ割られたとしても文句をいえないところだ。
おそらくこのリポーターが殺されたとしても正当防衛で済まされていただろう。


2012/01/24 Tue. 21:12 | trackback: -- | comment: 0edit

#1066 「怪しいヤツ!!」の巻 

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スーパーへ買い物に行った。
入り口でお留守番をしているおとなしいワンちゃんを見つけた。
俺のほうを怪しげにジーッと見てる。
「コイツは見るからに怪しいワン。デジカメを持ってるから盗撮魔かもしれないワン」

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「危ないから隠れるだワン」

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「わわんっ、デジカメのヤツまだいるワン。しつこいヤツだワン」

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「やっぱりポールの裏へ避難するワン」

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「え~っ、まだいるのかワン。もう好きにするがいいワン」
というわけで、ワンちゃんにはものすごく怪しまれたのだが、実際に俺は怪しいのだ。
人通りの多いスーパーの入り口でしゃがんでデジカメを構えているのだから、警察に通報されてもおかしくないだろう。
しかも一方的にに話しかけているのだから、これほど危険で変質的で怪しいヤツはいまい。
もし近隣で事件が起きたならば、まず間違いなく重要参考人として俺の顔写真のモンタージュが配布されるだろう。

それにしても最近とてもワンちゃんが飼いたい衝動に駆られる。
きっと寂しさに押しつぶされそうになっているを、脳がそれを回避させるためにそう仕向けているのだろう。


2012/01/22 Sun. 23:00 | trackback: -- | comment: 0edit