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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(7/5)「答えはすぐそこに」の巻 

いよいよだ。
今日のブログを更新したら、パソコンをバッグに詰め込む。
宮古島出発への準備はそれですべて完了だ。

多少の余裕をもってスケジュールを組んでいたのだが、結局ギリギリになってしまった。
それでも例年と比べれば、雲泥の差がある。
今まではブログを更新する余裕などほとんどなかった。

自分自身でもまったく想像がつかなかったが、今の心境は思っていたよりもポジティブだ。
それは、できる準備はすべてした――、という満足感のようなものから生まれたのかもしれない。
少なくとも昨日までの、こんな「目」で宮古島に行っても仕方ない――、というネガティブな感情は薄れた。

もうここまで来たからには、とことん夏の宮古島を楽しもうと思う。
こうやって宮古島に長期で遊びに行けるのも今年が最後かもしれない。
悔いのないように、自分ができる範囲内で全力を尽くして楽しもうと思う。

思えばこの約90日間、俺の人生は完全に「死んで」いた。
毎日、目の事ばかりを考えて、宮古島のことを考える余裕などなかった。
人生の貴重な時間を本当に無駄にしたと思う。

どこまでできるかわからないが、その「死んでいた90日間」を取り戻そうじゃないか。
カラダは健康でも、さまざまな事情で宮古島に行けない人だってたくさんいる。
そんな人たちに対して「目の血管が浮き出てたから、宮古島に行っても全然楽しめなかった」なんて言えるわけがない。

宮古島に行きたくても行けない人のためにも、そして自分自身のためにも、俺は今まで通り、いや、今まで以上に宮古島を全力で楽しんでくる。

「目」のハンデなんかに負けてたまるものか。
もっと辛く、苦しい思いをしている人は世界にはたくさんいるんだ。
せっかくの宮古島ライフを台無しにはしない。

昨年までと同じようにはできなくても、やれることは精一杯やってやる。
鏡で、この「目」を見たら、また弱気が顔を出すかもしれない。
だがどこまでもクリアーなミヤコブルーの世界を見るのも、同じこの「目」だ。

夏の太陽の下、ミヤコブルーの海にプカプカ浮かんで青空を見上げたら、どんな気持ちがするだろう。
この「目」のことを、どう考えるのだろう。
その答えはもうすぐわかる。

明日いよいよ、宮古島へ出発する――。
2017/07/05 Wed. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit

(7/4)「一発目」の巻 

宮古島出発を目前に控え、今日は仕事納めをしてきた。
明日は荷物などの最終調整をして、いよいよ明後日、宮古島へ出発する。
今年初めに宮古島行きを決めてから、今日まで本当にあっというまだった。

これほど不安な気持ちで宮古島へ旅立つのは初めてだ。
2012年に初めて一人で宮古島へ行った時も、それなりの不安はあった。
だがこの時は、のしかかる不安よりも、まったく予測できない一人旅の期待感のほうが大きかった。

あと2日後には宮古島にいるというのに、未だに実感が湧かない。
目は相変わらずひどい状態だが、もうこのまま行くしかない。
宮古空港から一歩外に出た時、俺はどんな感情を抱くのだろうか。

目の状態とは裏腹に、当日の天気はきっと「快晴」だと思う。
以前から豪語しているが、俺は最強の「晴れ男」なのだ。
今、関東付近にある台風も明日には過ぎ去り、明後日には完璧な青空が広がるだろう。

2017年の一発目はどこへ潜りに行こう。
池間か、来間か、南か、東か。
それともいきなり伊良部、下地か。

当日の風向きや、潮の満ち引きの時間帯も考慮しなくてはならない。
まあ、慌てることはない。
行きの飛行機の中でゆっくり考えればいい。

昨年はウォーミングアップもなしに、いきなり潜水を繰り返し耳を傷めた。
その結果、耳鼻科を受診することになり、約1週間のドクターストップ――海禁止令――を出された苦い経験がある。
今年はその教訓を活かし、徐々にカラダを慣らしていくつもりだ。

また今年は、手探り状態のものが多いため、最初の4~5日はあらゆるテストを行う。
度付きレンズの調整、ネックウェイトをはじめとする新しい器材の調整、新型カメラの操作にも慣れなければならない。
必要なものを買い揃えたり、日常生活が落ち着くまでは約1週間程度かかるだろう。

とにかく今年の宮古の旅は本当に何が起こるかわからない。
すべてが未知数。
だが俺は俺らしく。

宮古島まで、あと2日――。
2017/07/04 Tue. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit

(7/4)「残されているもの」の巻 

この目を見るたびに気が狂いそうになる。
見た目が気持ち悪いだけじゃない。
数日前から常に目にゴミが入っているような異物感、そして慢性的な乾き。

時間が経てば経つほど確実に悪化しているとしか思えない。
やはりこの現実を受け止めるのは難しい。
生きていくモチベーションは奪われたまま、絶望感と喪失感と後悔だけの日々。

どれほど人生を豊かにしようと努力してみたところで、結局、この壊れた目が一生ついてまわる。
幸せになんてなれるわけがない。
幸せが訪れることのない人生とわかっていながら、生きていけるほど強くない。

俺の人生はもう終わったんだと認めるしかない。
絶対に認めたくはないが、認めるしかないのだ。
自分の力では、どうにもならないことだってある。

今回ばかりは、宮古島に行っても何も変わらないだろう。

今の俺には自殺をする者の気持ちが痛いほどよくわかる。
他者からみれば「そんなことで?」と思うようなことでも、本人にしてみたらもう限界なのだ。
これ以上生きていくことができないほどの失望感、絶望感、喪失感。

全盲の人から見たら、目の見える俺は幸せに思えるだろう。
だが俺は俺で十分苦しんでいる。
それぞれの人が抱えている、それぞれの辛さは、結局、本人にしかわからないものなのだ。

ちょっとした過ちで人生が大きく狂うことを知った。
取り戻せない失敗。
それを教訓にしようにも、もうすべての可能性を失ってしまった。

今の俺に残されているものは……、残されているものは……、もう何もない――。
2017/07/04 Tue. 13:00 | trackback: -- | comment: -- | edit

(7/3)「あの頃」の巻 

20170703 (1)
バイクに乗る必要があったため、右目は裸眼のまま、左目だけコンタクトを装用した。
今日の右目の状態はかなりひどく、とても人に見せられるものではなかったので眼帯をした。
こんな真夏日に眼帯をしていたから、そうとう目立ったと思う。
だが眼帯をしていなくても、結果は同じだろう。
俺の右目は普通じゃないのだから。

20170703 (3)
出かけた用事は、宮古島のためではない。
俺が宮古島に行っている期間中、母が誕生日を迎える。
この5年間、夏はいつも宮古島にいたので、ずっと母の誕生日を祝ってあげれずにいた。
だから今年はあらかじめプレゼントを買っておくことにしたのだ。

20170703 (4)
母は「紫色」が好きなので、紫色の手編みのトートバッグを買った。
先日、宮古島へのおみやげを買いに行った際、たまたま見つけて気になっていたものだ。
喜んでくれるといいのだが。

買物を終えたその足で、父のところへ宮古島へ行く前の最後の顔出しに行った。
お互いの近況を報告したのだが、父の目の病がだいぶ進行しているらしい。
視野がさらに狭まっているらしく、たとえば、ハガキの郵便番号の赤枠が1マスごとしか視界に入らないということだ。

かろうじて日常生活を営んではいるものの、少しずつだが確実に病気は進行しているらしく、父の不安な気持ちを思うと胸が押し潰されそうになった。

そんな父に俺の「右目」のことを話しても、そんなものは心配するに値しない――、と、軽く一蹴されてしまうだけだ。
俺は俺で、精神的にかなりまいっている状態なのだが、父からしてみたら、目が見えているだけで幸せなんだと思う。

20170703 (2)
父が暮らす町には、俺の通っていた中学校がある。
建物は改築されたが、雰囲気は昔のままだ。
懐かしいな……。
このグラウンドでバレーボールをしたり、サッカーをしたり……。

あの頃は、まだ父も働き盛りで、カラダも健康そのものだった。
父は大の釣り好きだったので、休みの日には、よく大型バイクにまたがって釣りに出かけていた。
父のバイクの後ろに乗せてもらい、親子二人でツーリングに行ったこともあった。

俺の視力は中学までは「2.0」あった。
だから教室の席はいつも最後列だった。
まさか大人になって、これほど視力が落ちるとは想像もしなかった。

あれから数十年という月日が流れた。
いろいろなものが変わった。
人も町も人生も、あらゆるものが変わった。

時計の針は休むことなく、時を刻み続けた。
気づけば俺も、自分が中学生だった頃の父の年齢を超えた。
父もそれだけ歳をとった。

人生は早い。
いや、本当に「一瞬の出来事」なのかもしれない。
だがその一瞬の中には数え切れないほどの思い出がある。

もう一度、人生をやり直せるとしたら、誰もが幸せになれるのだろうか。
あのとき、ああしておけば――、そんな後悔をすべてやり直してみたい。
そうしたら「完璧な人生」を送れたかもしれない。

だが振り返れば、それなりに幸せな人生だった。
それに、あのとき、ああしておけば――、という後悔をやり直せたとしても、それはそれで、また何か別に後悔する出来事が発生していたとも思う。

後悔の多い、いや、後悔ばかりの人生だった。
だが俺は今のこの人生のままでいい。
多くは望まない。大切な家族のそばにいれるだけでいい。

宮古島まで、あと3日――。
2017/07/03 Mon. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit

(7/2)「DSG」の巻 

「その日」が近づくにつれ、俺の思考は徐々に変わりつつある。
どんな状況にあるにせよ、やはり宮古島に行くからにはベストを尽くしたい。
「目」にハンデがあるのなら、その中で出来る限りのことを最大限やっていきたいと思うのだ。

血管が浮き出た右目の「見た目」の悪さはもういい。
あきらめているということもあるし、その部分に関しては、少しずつ自分が精神的に強くなってきているとも思う。
それに「何か」を努力しても、もうどうなるものでもないし、変わりようもないということもわかった。

そんな今、俺が最も注力しなければならないことは、ただひとつ。
コンタクトができなくなった右目の「視力矯正」をどうするかという問題である。
俺はかなりの近視なので、コンタクトができない以上、何か他の方法で視力矯正をしなければならない。

水中に関しては、先日も紹介したが「オプチカルレンズ」という、度付きの水中マスクを購入したので、それでなんとかなるだろう。
問題は「陸」の方だ。
とはいえ、通常の陸上ではメガネをかけるので特に大きな問題はない。

俺のいう「陸」とは、海からしか行けない場所に上陸したときの「秘境」のことである。
当然、シュノーケリングにメガネを持っていくわけにはいかない。
破損したり、紛失したりする可能性があるからだ。

そこで俺なりにいろいろと考えた。
そしてようやく辿り着いたひとつの答え。
「度付きスイミングゴーグル」の活用である。

これなら、そもそもが水中用のゴーグルなので、海で使用しても何ら問題はない。
しかもバンドで頭部に固定するので、陸での激しい動きにも対応できる。
仮にパンプキンホールに行ったとしても、鍾乳石の上からダイブだってできる。

20170702.jpg
いろいろと調べた結果、この海外製ゴーグルを購入した。
シンプルでクールなデザインが気に入った。
右目は不気味なことになってしまったが、身に付けるものに関しては、機能的で、やはりそれなりにカッコイイものを選びたい。

これでまたひとつ「目のハンデ」を減らすことができた。
「今までとまったく同じ」というわけにはいかないが、真剣に前向きに考えれば、何かしらの道は開けるものなのかもしれない。
「目」がこうなったことを悔やむより、こうなったことで「さらに強くなれた」と言えるようになりたい――、そんな気持ちが自然に芽生えてきているのかもしれない。

先日のブログで紹介した「前向きな名言」の数々を覚えていらっしゃるだろうか。
その中のひとつ<いま何が「できないか」より、いま何が「できるか」を考えてみよう>。
今まさにそんな心境になっている。

「かりゆし58」の「さよなら」の歌詞が脳裏をよぎる。
<僕が生きる今日は、もっと生きたかった誰かの明日かもしれないから>

宮古島まで、あと4日――。

今年の宮古島――。
今の自分なりにベストを尽くそうと思う――。

いつもブログを見て応援してくれている人たちのためにも――。
そして自分自身のためにも――。

※タイトルの「DSG」とは「度付きスイミングゴーグル」をDAIGO風に言ってみただけである。
2017/07/02 Sun. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit