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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(2/24)No Miyako, No Life. 

親知らずの抜歯から丸一日が経過した。
抜歯後、最低でも2~3日は激痛が続くと思っていた。
しかし結局、これといった痛みはまったくなかった。

抜歯のことで一時的に宮古島に関する意識は薄れていたが、いままた完全復活した。
出発日は決まってチケットも確保したが、帰りをどうするか、まだ決めていない。
当然のことだが、最終決定は会社と相談してからになるだろう。

長期休暇を取れるというオフィシャルな確約は取れていない。
出発日は決めてあるが、俺が暴走してチケットを買ってしまっただけのこと。
最終関門はまだ突破していないのだ。

だが、気持ちはもう完全に宮古島モード一色。
横浜で過ごす月日は、どの1日もとってみても、コピペしたような似たような日々の連続。
しかし宮古島で過ごした月日は、どの1日をとってみても、すべてがメモリアルな日々だった。

俺が記憶を美化しているだけなのだろうか。
いや、そんなことはない。
やはり宮古島は俺にとって、心の奥底に深く刻み込まれた大切な聖地なのである。

宮古島に永住すればいいのに――。
よくそう言われる。
もちろん、それができれば最高かもしれない。

だが、そこで暮らしてみなければ決してわからない、自分の中の未知数の部分もある。
それは、宮古島での日常が常態化し、マンネリ化する恐怖である。
どんなに否定しても、そこの環境が当たり前になってしまうと、その素晴らしさが見えなくなるものだ。

人は自分には持っていないもの、いまの環境にはないものを求めようとする。
東京にいれば、宮古島の自然は大いなる憧れである。
宮古島にいれば、東京の利便性と仕事の豊富さ、待遇面に憧れるだろう。

実際に、この俺がそうだった。

いつも自然を身近に感じれる宮古島で暮らして、週に1度の休みの日だけ海を満喫する――。
人工物と電磁波が飛び交う東京で暮らして、年に1度の長期休暇で宮古島の海を満喫する――。
どちらかを取るか――、じゃないだろうか。

これは俺の永遠のジレンマかもしれない。
旅が楽しいのは、帰れる場所があるからだろう。
住所不定の状態で旅をしても、きっと楽しいとは思えない。

死のうと思えばいつでも死ねるように、移住しようと思えばいつでも移住できる。
だから、そう焦って考えることもない。
誰かの意見には耳を傾けるが、最終的に決断するのは自分だ。

最高の旅にしよう――、No Miyako, No Life.
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2016/02/24 Wed. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit