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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(8/22)「見えてくるもの!」の巻 

青い海も、満天の星空もいらない。
健康なカラダさえあれば、ただそれだけでいい――。

具合が悪くなったり、病気になると、いつだってそう考える。
人間とはまったく身勝手なものだ。

なぜ人は”当たり前にそこにあるもの”に対して、感謝の気持ちを忘れてしまうのだろう。
失ってみて、はじめてその失くしたものの存在の大きさを知る。
そして生きているかぎり、何度も何度もその過ちを繰り返す。

宮古島には知り合いは数多くいても、身内は一人もいない。
もし近くに身内がいれば、完全に頼りきってしまうほど体調が悪い。
だがこの島には、そういった身内は一人もいない。
頼るべき者がいない以上、一人で対処するしかない。

宮古島の人たちとは、今まで表面上だけで付き合っていたんだ――、ということを今回、痛切に思い知った。
病気になったとき本気で心配してくれるのは、結局、身内と内地の友人、ブログ読者の方たちだけだった。

宮古島は”人と人”とで繋がれているんじゃない。
”海”で繋がれているだけなんだ。
海へ行こう――、と誘えば、みんな行くだろうが、具合が悪い――、と言っても、みんな海へ行くだろう。

それでいいと思うし、それが正しいと思う。
俺だって逆の立場なら海へ行くに違いない。

今回の件により、宮古島で本当に信頼できる友人を何人か知ることができた。
社交辞令ではなく、本気で心配してくれ、何かあればすぐに連絡するよう言ってくれた。
それだけで、どれほど心強かったことか。
自分が病気になると、今まで見えなかったものが見えてくる。

8月20日搭乗予定だった飛行機には乗れなかった。
ベッドの上から一歩も動くことができなかった。チケットはすべてキャンセルした。
そして、19日の夜から未だにかなり辛い状況が続いている。

海がキレイだから、海が好きだから――、という理由だけで移住するには、この南の島は危険すぎる。
自分が病気になったとき、本気で心配してくれる誰かがいる場所こそが、自分が本来いるべき場所ではないだろうか。
今までは、宮古島の”いい部分”だけしか見てこなかったが、これからは、”悪い部分”にも積極的に目を向けていかなければならないだろう。

まだ宮古島にいるが、一刻も早くこの島から脱出したい。
宮古島に行きたい――、と望んでいる人からすれば、贅沢なことを言って――、と思われるだろう。
だが今の俺には、宮古島で生活するのと、横浜で生活するのと、どちらが本当に贅沢なのかが、完全にわからなくなってしまったのだ。
2016/08/22 Mon. 08:00 | trackback: -- | comment: -- | edit