(9/7)「新しい記念日!」の巻

ついに彼女との約束の日がやってきた。
朝は一瞬晴れ間も見えたのだが、”100%雨”の予報通り、大荒れの天気となった。
だが焦ることはない。雨の日のプランは完璧に練ってある。

彼女を迎えに行くところから1日は始まった。
夜以外に彼女と会うのは、今日が初めてだ。
彼女のリクエストに応えて、まずは”崖ツアー”からスタートした。

ちょうど12時に合わせて昼食。
以前、友人から教えてもらった”オーシャンリンクス宮古島”の”味噌宮古そば”を注文。
曇天だったが、眼下に広がる宮古ブルーのオーシャンビューに彼女は喜んでくれたようだった。

ボラガーの”海宝館”に行った。
世界中の貝が展示されている”貝のミュージアム”だ。
他に来館者はなく、二人だけの時間をゆっくりと楽しむことができた。

”海宝館”を出たあとは、再び”崖ツアー”再開。
俺のとっておきの崖ポイントへ案内する。
過去の様々な経験が役に立つ。

”仲原鍾乳洞”へ行くつもりだったが、電話がまったく通じなかった。
そこでサブプランの”友利のアマガー”に行くことにした。
”仲原鍾乳洞”にも負けない神秘性と荘厳さがあるのではないだろうか。

本日のメインイベントは”シーサー作り体験”。
宮古島での延べ滞在日数は450日以上になるが、シーサー作りは今日が初めてになる。
シーサー作りなんて面白いの――?、という根拠のない先入観で今までやったことがなかったのだ。
だが実際にやってみると、想像以上に面白かった。
頭も使うし、指先も使う、さらに作っていくうちに、どんどん自分なりのこだわりが出てくる。
久々に時間の経つのも忘れ、ひとつのことに熱中した。

やがて完成。
画面向かって右が俺、彼女の作ったシーサーは左だ。
”シーサー作り”は、決して”雨の日のサブプラン”などではなく、これはもう、”れっきとした”宮古島のメインプランだ。
彼女と一緒にシーサーを作ったということも、楽しさを倍増させてくれた要因かもしれない。

相変わらず雨は降り続けていた。
宮古馬のいる厩舎へ行ってみた。
人懐っこい宮古馬と彼女のツーショット写真を撮ったりした。
ちょうどお腹もいい感じで空いてきた。
市街地へ戻り、食事の予約時間まで二人で西里通りを散策した。
行き交う人には、俺たち二人はどのように映っていたのだろう。

俺が予約した店は、先日も訪れたばかりの、”焼鳥・秀”だ。
彼女がふとしたときに”焼鳥が食べたい”と言っていたのを覚えていたので、何の迷いもなくこの店を予約した。
今日1日の出来事を振り返りながら、”彼女”との食事を楽しんだ。

彼女がふざけて、俺のカメラで隠し撮りをしていた。
この写真はそのときのものだ。
こんな些細なことが少しずつ積み重なって、人と人との距離は縮まっていくのだろう。
2時間ほど滞在したのち、二人は店を出た。
俺は彼女を送るため、アルコールは飲まなかった。
だが、幸せな気持ちに変わりはなかった。
彼女を送り届ける途中、夜の海を見に行った。
夜風に吹かれながら、トゥリバーの堤防を歩いた。
伊良部大橋を渡るヘッドライトの光が不規則に夜を照らしていた。
ほぼ半日一緒にいた。
長かったような、短かったような、どちらともいえる1日だった。
突然のスコールで何度も走って車まで戻ったことも、今は笑い話に変わっていた。
今日は9月7日。
彼女は9月21日に宮古島を離れる。
それまであと何日あるのだろう。
一見自由に見える二人だが、”時間”という、目には見えない鎖で縛られている。
いずれ離れることが運命だとするなら、これ以上、距離を縮めても辛いだけ。
だったらいっそのこと、このまま”いい友達”として、別れたほうがいいのではないだろうか。
佐良浜の光を遠くに見ながら、心の中は揺れていた。
少しの間、お互いに何も話さない無言の時間が流れた。
何か言わなければ――。
そう思ったまさにそのとき、止んでいた雨が突然、また降り出した。
マズい、車に戻ろう――。
言うべきはずだった言葉を飲み込み、彼女の手を取り車に戻った。
じゃあ帰ろうか――。
車は動きだしたが、車内には少し無言がちな空気が漂っていた。
どちらかが何かを話しても、すぐに会話が途切れてしまう。
そんなことを繰り返している間にも、彼女をおろす場所が徐々に近づいてくる。
やがて、朝、彼女を乗せたのと同じ場所に着いた。
車を停車させ、エンジンを切った。
静かな場所であり、窓も閉まっていたので、車内は静寂に包まれた。
今日はありがとう。すごい楽しかった――。
うん、俺もすごい楽しかった。ありがとう――。
お互いの目を見ながら、同じことを順番に言った。
じゃあ、またあとでLINEするね――。
俺が言いたいことはそんなことじゃない。
だが本当に伝えたい言葉は、どうしても切り出すことができなかった。
うん――。
そう言いつつも、彼女が車を降りようとするのをためらっているようにも見えた。
あのさ……、もう少し時間大丈夫――?
思わず咄嗟(とっさ)に出た言葉だった。
心臓の音が彼女に聞こえてしまいそうなくらい、心拍数が上がるのを感じた。
うん、平気……かな――。
そう、ためらいがちに言うと、彼女はドアノブにかけていた手を、再び自分の膝の上に戻した。
車はまた暗闇の中を滑るようにゆっくりと動き出した。
近くの海辺へ着いた。窓を開けたままエンジンを切った。強い風が吹いていた。
辺りは真っ暗で、月明かりに照らされた波しぶきの白さだけが見える。
しばらくの間、沈黙の時間が流れた。
気まずい沈黙ではなく、どちらかが言葉を発する前の意味のある沈黙だった。
俺は意を決し、漆黒の海に向けていた視線を、サイドシートの彼女に向け変えた。
うまく伝えられたかどうかはわからなかったが、思っていることをすべて言葉にした。
彼女はうつむいたまま、黙って俺の言葉に耳を傾けていた。
車内が暗かったため、彼女の微妙な表情まで読み取ることはできなかった。
しゃべっていた時間が10秒だったのか、5分だったのか、時間の感覚がまったくなかった。
だがとにかく伝えるべきことはすべて伝えた。
最後の言葉を言い終えると、俺は視線を再び漆黒の海に戻し、彼女の言葉を待った。
少しの沈黙のあと、彼女の唇が動いた。
ありがとう。うれしいよ――。
その言葉を追いかけるように、彼女は今の気持ちをすべて包み隠さず話してくれた。
彼女が発する言葉のひとつひとつが重要な意味を含んでいた。
彼女の話を最後まで聞いたとき、ようやく彼女の本心を知ることができた。
わだかまりや不安が、すべて消えた瞬間だった。
やがて、打ち寄せる波の音だけが静かに夜を包んでいった――。
2016/09/07 Wed. 23:30 |
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