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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(10/7)「豪雨の中のパーントゥ!」の巻 

朝から荷作り作業、梱包作業を続けていた。
午後6時を過ぎて、ようやく梱包した荷物の発送手続きまで完了した。
これでようやく少しのんびりできる――、そう思ったのもつかの間だった。

今まさにこの瞬間、“2016年 島尻・パーントゥ”が行われていることを知る。
しかも2日目。最終日だ。
のんびりしたい気持ちもあったが、この奇祭に参加することのほうが何よりも優先された。

島尻まで車を飛ばした。
まさか10月のこの早い段階でパーントゥが行わるなど、完全に想定外だった。
それが俺の油断だったわけだ。

島尻に到着すると、道路は大渋滞していた。
観光客激増の影響は、宮古島のこの奇祭にまで及んでいたのだ。
集落の前後1キロほどの道路はすべて路上駐車の車で埋め尽くされていた。

俺が駐車することができたのは、集落から500メートル以上離れた場所になった。
こんなことは今まで一度もなかった。
いつもは学校のグランドに余裕で車を停めれていたのに……。

20161007 pa-ntou (1)
集落に到着するころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
雨が降りしきる中、集落はパーントゥ独特の静かな盛り上がりを見せていた。
街頭がほとんどないので、カメラのフラッシュが焚かれたときだけ集落の全体像が見えた。

20161007 pa-ntou (2)
パーントゥはおそらく3体いるはずだ。
集落の規模を考えると、パーントゥを個人で探すのは容易ではない。
だが簡単に見つける方法がある。
“人だかり”と“悲鳴”を見つければいいのだ。
そこにはかならずパーントゥがいる。

20161007 pa-ntou (4)
パーントゥはとにかく集まっているギャラリーに泥を塗りつける。
そのあまりにサディスティックな行為に、内地から来た観光客に“やりすぎだ”と抗議され、新聞で物議をかもしたことがある。
“服を汚された”とか、“抱きつかれた”とか、祭りの内容を理解していない者たちからの苦情が相次いだのだ。
※おそらく過去のブログで紹介したように思う。

20161007 pa-ntou (3)
泥を塗られた者は喜ぶ。
泥を塗られることにより厄払いをしてくれる――、という意味があるからだ。
最初の頃は、俺も泥を塗られて喜んでいた。

20161007 pa-ntou (5)
だが今日だけは、絶対に泥を塗られたなくない。
なぜなら、もう洗濯をしている時間がないという、超現実的な問題があるからだ。
俺はいつも以上に用心深く、かつ、大胆にパーントゥへの接近を試みた。

20161007 pa-ntou (6)
女、子供、赤ん坊、新築の家、新車、警備員……。
パーントゥにとってはどれもがターゲットになる。
相手が誰であろうと決して容赦しない。
そのストイックさが恐ろしく、ギャラリーの悲鳴があちらこちらで聞こえてくるのだ。

20161007 pa-ntou (7)
雨はどんどん強くなる一方だった。
途中からは土砂降りというよりも、豪雨に変わった。
北風も吹いており、多くの人が寒さに震えた。

俺も寒さと豪雨に耐え切れず、帰路につくことにした。
こんなときにかぎって、車までの距離が異常に遠い。
結局、車に辿りついたときには、海へ飛び込んだのと同様に全身ずぶ濡れになっていた。

車に乗り込むと、俺の体温で窓ガラスが曇ってしまった。
あまりの寒さに耐え切れず、暖房をつけようとした。
車で暖房をつけようと思ったのは、宮古島では初めてのことだ。

そしてあることを知る。
レバーが暖房側に動かないようになっていたのだ。
初めて知る南国のレンタカーのエアコンシステム。
たしかに部屋のエアコンも暖房がない機種のほうが圧倒的に多い。
きっと車も同様なのだろう。

俺は寒さと、全身ずぶ濡れの不快感に包まれて、宿に戻るのだった――。
2016/10/07 Fri. 22:00 | trackback: -- | comment: 0edit

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