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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(5/22)「父の思い」の巻 

夕方、父に会いに行った。
父に会うのは約2週間ぶりだ。
できれば、週に一度は父の様子を見にいきたいのだが、なかなかそうもいかない。

父は「網膜色素変性症」という目の病を患っている。
視野が徐々に狭くなっていくという、未だに治療方法の確立されていない難病のひとつだ。
愚痴のひとつもこぼさず、父はその病気を受け入れ、日々戦っている。

そんな父に、俺の今の「目」の状況を話した。
俺が「見た目の悪さ」で悩んでいること、生きる気力さえ失いかけていること……。
思っていることをすべて話した。

俺の話しを一通り聞き終えると、父の態度に変化があった。
どこか怒っているように感じた。
そして父は、俺を叱りつけるように、諭すように、笑い飛ばすように言った。

「失明したわけでもないのに、お前はそんなことで悩んでいるのか?もう、なってしまったものは仕方ない。それを受け入れるしかない。世の中にはもっと辛いハンディを背負って生きている人がたくさんいる。見た目が何だっていうんだ。そんなこと、自分が気にしているだけで他人は気にしてない。だからそんなことで悩む必要はない」

俺ははっとした。
いま目の前にいる父。
その父の「目」には、こうして話している俺の顔すらもよく見えていない。

そんな病状の中、俺が「見た目の悪さ」を気にしている話を聞かされたら、腹を立てても当然だ。
父にとっては、見た目がどうであろうとも、この世界を見れる目があるだけで、それだけで、もう十分に幸せなことなのだ。
そして俺には「それ」がある。

父の苦しさ、辛さ、目が見えなくなっていくという恐怖を思えば、俺の「目」の見た目など、宇宙の塵(ちり)ほど些細なことだ。
目の病と必死に戦っている父に、そんな話をしてしまった自分の愚かさを責めた。
「見た目」を気にするのは、きっと「中身」がない証拠なのかもしれない。

「人は見た目が9割」などというキーワードを目にすることもある。
だがやはり大切なのは中身だと思う。
仮に、父や母がどんな容姿であったとしても、俺にとって大切な人ということに何の変わりもない。

突然、変わり果てた姿になった右目。
その現実をどうしても受け入れられなかった日々。
だが一歩前進できた気がする。

この「右目」が「自分の個性」として考えられるようになる日が必ず来る――。

そう信じて、残りの人生を全力で生きていこうと思う。

父の思いを胸に――。
2017/05/22 Mon. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit