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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(5/29)「科せられた運命」の巻 

「可能性がある」ということが、どれほど幸せだったのか。
「やろうと思えばできる」という状況が、どれほど恵まれた環境だったのか。
目がこうなってしまった今だからこそわかる。

つい先日までの俺は、自分の置かれている環境や状況に対して、よく愚痴をこぼし嘆いていた。
「責任」をいつもどこかに押しつけて「やらない理由」の言い訳にしていた。
やろうと思えば何だってできる環境にいたのに、結局それをしなかったのは自分自身の選択だったにもかかわらず。

人は「当たり前の生活」を失ったとき、はじめて「本当に大切なもの」に気づく。
俺も目がこうなってしまって、はじめて多くのことに気づかされた。
永遠に戻らない右目の代償として、今までの自分の愚かさを知った。

自分自身、誰よりも痛いほどわかっている。
この目が元通りにならない以上、科せられた運命を背負って生きていくしかないのだと。
どれだけの時間考え続けたところで、選択肢はそれしかないのだ。

だが、その決心がどうしてもつかない。
つい先日までの「普通だった右目」の面影から、どうしても逃れることができないのだ。
あの時ああしておけば――、その強烈な後悔が、毎日、俺を奈落の底へと引きずり込もうとする。

いつの日かすべての問題がクリアーになったら宮古島に移住する――、そんな夢を抱いていた。

俺が抱えているさまざまな問題が、いつか解決できる可能性があったからこそ、そんな未来予想図も描くことができた。
決して具体的ではないが、決して絵空事でもない未来予想図だった。
だが自らの不注意と軽率な行動のせいで「右目」をこんな状態にしてしまった。

すべての問題が解決できたとしても、この「右目」が元に戻ることは永遠にない。
ささやかな未来への希望も何もかも、自らの過ちですべて断ち切ってしまった。
俺にはもう何もない。

失ったものは「右目」だけではなく、生きていくことに関わるすべてを失ったのだと思う。

それでも、なんとか前へ進もうとはしている。
だがすべての希望が潰えた(ついえた)今の俺にとって、立ち上がるモチベーションはどこにもない。
これからの一生、ずっと人の目を気にしていかなければならないなんて、俺には耐えられそうもない。

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希望に充ち溢れ、すべてが輝いていた、あの夏の日に帰りたい――。
2017/05/29 Mon. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit