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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(6/2)「2つのビン」の巻 

20170602 tg3
修理に出していた「TG-3」がオーバーホールを終えて戻ってきた。
今回は、全体の動作チェックとレンズユニットの交換を依頼した。
安いコンデジが1台買えるくらいの修理費用がかかってしまったが致し方ない。
防水カメラは何台持っていても無駄にはならないだろう。

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相変わらず毎日苦しんでいる。
前向きに生きよう生きよう――、とは思っている。
だが鏡の中の右目を見るたびに、俺の心は容易に折れてしまう。

このブログだって、本当はハッピーな気持ちで楽しいことばかり書きたい。
どんなに辛い状況だったとしても、それは心の中に隠し、まわりには明るく振る舞ったほうがいいのではないかとも思う。
だが俺にはどうしてもできない。

そりゃあ頑張れば、役者のように『HARUのスローライフ日記』の『HARU』というキャラクターを演じられるかもしれない。
だがそれは自分自身に「嘘」をつく行為であり、それにより、今まで書いてきたことすべてが「嘘」になってしまうような気がする。
俺にはやはり、自分の感情を押し殺してまで「楽しいフリ」をすることはできない。

俺にとっての『HARUのスローライフ日記』は、本物の「日記」だと思っている。
自分の感情に嘘をついて内容を偽装するなら、もはやそれは「日記」ではなくなってしまう。
だから今後も、どんな苦難の人生が待ち受けていようとも、常に「今の等身大の本当の自分の気持ち」を紡いでいこうと思う。

先日、ディアマンテスのライブを見た夜、俺の心の迷いは消えた。
どんな状況であろうとも、宮古島へ行こうと決めた。
その気持ちは、今後どんなことが起ころうとも変わらないと思った。

だが――。

鏡の前で、また絶望している自分がいる。
俺の人生を狂わせた、この「目」が恨めしい。
そして「こんな目にしてしまった」自分自身への憎悪がさらに俺を苦しめる。

「ひとりの俺」が言う。
こんな目だって、宮古島に行けば楽しむことはできる――。

「もうひとりの俺」が言う。
こんな目じゃ、宮古島に行ってもどうせ楽しめるわけなんてない――。

この「ふたりの俺」が、常に心の中で戦い続けている。
「宮古島へ行く」と決断した数分後には「宮古島には行かない」という決断を下す。
こんなやり取りが1日24時間ずっと続く。

「目」がこんなことにならなければ、本当は今ごろ「宮古島をどう楽しむか」という計画で俺の頭の中はいっぱいだったはずだ。
それが今は「行くべきか」「行かないべきか」で悩んでいる。
この「目」のせいで、俺の人生は、まるで「別人の人生」のように変わってしまった。

辛い、本当に辛い。
毎日「絶望」という世界の中を生きているよう。
これほど長期間に渡り「絶望」を味わったことなどない。

宮古行きのチケット、搭乗日まであと34日――。

この「目」が一生治らないなら、「今年は行かない」という選択は、それはつまり「今後も一生行かない」ということを意味している。

道ゆく人々は、みんな綺麗な目をしている。
キラキラと輝きに満ちている。
白目に太い血管が浮き出た人なんていやしない。

そんな俺の「目」は、まわりの人にはどんな風に映るのだろう。
やはり気持ち悪く、不気味に見えるのだろうか。
俺にはもうわからない。

ちくしょう――。

「宮古行きチケットの入ったビン」――。
「致死量に達する睡眠薬が入ったビン」――。

もし目の前に、この2つのビンが置かれていたとしたら、今の俺には後者を選ばないという自信がない。

たかが2週間程度コンタクトを過剰装用していたというだけで、神はここまで重い十字架を人間に背負わせるものなのか――。
2017/06/02 Fri. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit