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HARUのスローライフ日記

~死す時は宮古の海に抱かれて~

(6/7)「幸せである証」の巻 

人生とは皮肉なものだ。
「目」がこうなる前は、仕事や家族のことでいろいろな問題が起こっていた。
「目」がこうなってからは、周囲の状況は平穏さを取り戻した。

いつもは朝と夜にしか見ないようにしている鏡。
今日は1日中、何度も鏡を見た。
理由はわからないが、鏡を見ずにはいられなかった。

俺の右目は、その時々の体調、蛍光灯や太陽光などの光の種類、光の角度、空気の乾燥具合、そういった多角的要素で毎回違う表情を見せる。

少し血管が薄く見えた気がすれば喜ぶ。
少し血管が濃く見えた気がすれば絶望する。
その不毛な感情を何度も何度も繰り返す。

強く生きなければ――、そう思う時もある。
もう生きるのが辛い――、そう思う時もある。
その不毛な感情を何度も何度も繰り返す。

あの時ああしておけば――。
あの時なぜああしなかったのか――。
1日のすべての時間を、終わりなき後悔に費やしている。

もし目がこんなことになっていなければ……。
どれだけ充実した日々だったろう――。
どれだけ毎日が楽しかっただろう――。

毎日毎日同じ。
「絶望」と「後悔」を不規則に繰り返すだけの日々。
どうせ明日も今日と同じ日になるに決まっている。

恋愛の悩みも、仕事の不満も、結局のところ大した問題ではなかった。
自分に余裕があったからこそ、そんなストレスも感じることができていたに違いない。
こんな「目」では、そもそも恋愛さえできないし、仕事だって選べる立場ではない。

現状に不満があるということは、まさにそれが「幸せである証」なんだと思う。
何かに不満を持つということは、自分のカラダが健康な証拠。
自分のカラダが健康でなければ、何かに不満を持つ余裕などない。
今の俺のように……。

この目が治るのであれば、俺はどんな過酷な状況にも耐えられるだろう。
失恋なんて何十回しても構わないし、どんな嫌な仕事だろうと続けてみせる。
五体満足なカラダがあるだけで、それだけで人は幸せを感じるべきなのだ。

毎日こんなに落ち込んだ気持ちで、心はどこまで持ちこたえられるのだろう――。
2017/06/07 Wed. 23:00 | trackback: -- | comment: -- | edit